東急はなぜ街角をステージにするのか「FROM STREET PROJECT」がつくる“場所”と“機会”

DATE :

2026.8.27

  • #

    対談

いつもの街角から、ふと聞こえてくる歌声。そこはライブハウスでも大型フェスの会場でもなく、ありふれた日常の風景の中で未来へ羽ばたこうとするアーティストたちが歌い、奏でる舞台です。

 

そんな表現の場を街につくり、次なるステージへ進むきっかけを生み出しているのが、東急発の非営利プロジェクト「FROM STREET PROJECT」。この取り組みは、音楽の現場を知り尽くした、渋谷のレーベル合同会社 代表・庄司明弘さんと、街づくりからエンタメの可能性を模索してきた東急株式会社 文化・エンターテインメント事業部の貴島邦彦との出会いから始まりました。

 

異なるフィールドからそれぞれの街を見つめてきた2人は、どのようにして“街角をステージにする”という構想にたどり着いたのでしょうか。2人の歩みと、今後の展望を聞きました。

街と音楽の理想的な関係性

渋谷のレーベル合同会社 代表 庄司明弘さん

──お二人の出会いについて教えてください。

 

庄司 最初のきっかけは、2019年12月に渋谷フクラス(東急プラザ渋谷)が開業した際、東急不動産さんから「渋谷中央街でストリートライブを復活させたい」というお話をいただいたことでした。地元の方々の思いに応えられる実力があり、いい塩梅で人が集まるアーティストをブッキングしてほしいとご相談を受け、「Eggs」(インディーズ音楽ファンコミュニティ)の力を借りて10数組をご案内しました。その後、コロナ禍になり、街から人が消え、ミュージシャンたちの仕事も激減してしまったので、半公共空間をお借りして、無観客ライブを日本中に配信する企画を立ち上げ、毎月継続して行いました。そんな中、「東急株式会社にも歌舞伎町や渋谷でストリートライブを仕掛けている面白い人がいる」と噂を聞き、会ってみたいと思っていた矢先、渋谷サクラステージのオープンライブの打ち合わせで、貴島さんとお会いすることができました。

 

貴島 当時の私は、東急歌舞伎町タワーの立ち上げやシネシティ広場でのイベント施策を担当したのち、2024年4月に新設された文化・エンターテインメント事業部に所属することになり、渋谷に戻ってきたタイミングでした。歌舞伎町で手応えを得ていたストリートライブの仕組みを渋谷でも展開できないかと模索していた際、オープンライブの現場で庄司さんたちとお会いして。「ライブが終わったら飲みに行きましょう」とすぐ意気投合したのが始まりでしたね。

東急株式会社 文化・エンターテインメント事業部 エンターテインメント戦略グループ 部長 貴島邦彦

──初めてお会いした際、どのような課題について話されたのでしょうか?

 

庄司 アーティストが表現できる場の分散と、音楽のヒットが生まれる階段や広まり方が変わってしまったという課題意識を持っていました。サブスクやSNSの活用といった“ネットから”が当たり前になって、より手軽に音楽に触れたり、発信したりできる時代になりましたが、アーティスト側の「一人でも多くの人に聴いてもらいたい」という情熱は昔から変わっていません。だからこそ、汗や熱量と偶然出会える街そのものが、ステージやメディアになってほしいと考えました。「渋谷のレーベル合同会社」という社名にもそういう思い込めているのですが、こちらの気持ちをあえて共有するまでもなく、貴島さんが全く同じ方向性を模索していると語ってくれたので、「アーティストやクリエイターのためになる街づくりを本気で考えている人がいるぞ!」と強く思いました。

 

貴島 渋谷の“ステージ性”が失われつつあるという危機感で共感し合えましたよね。かつては109の前やストリートで目立つと、雑誌やテレビのカメラマンに撮られ、全国区になれるような文脈がありました。近年のデジタル化を経て、そうした偶発的な登竜門が減ってしまった中で、ただ場所を空けて「ご自由にどうぞ」と言うだけでは文化は育たない。意図を持って街にステージを作り、若きチャレンジャーを集める仕組みが必要だという点で、最初から思いが完全に一致していました。

 

──当時から「FROM STREET PROJECT」の完成形を想像していましたか?

 

貴島 目に見えるゴールやイメージがあったわけではありません。最初は手探りで、一つの場で実績をつくり、地域や警察、施設関係者の理解を得ながら少しずつ公認スポットを増やしていきました。

 

庄司 現場で対話と実践を重ねながら、気付けば、渋谷だけでなく日本全国にストリートライブ文化を広げる構想「FROM STREET PROJECT」へと大きく育っていったという感覚ですね。

街角をステージにする理由

取材当日、渋谷サクラステージでは「Shibuya Street Live」が行われていた。

──東急がアーティストやストリートライブを支援することには、どのような意味があるのでしょうか?

 

貴島 東急は創業以来、社会課題を解決することで成長してきた企業です。劣悪な環境で警察に追われながら歌い、奏でていたストリートの表現者たちに、安心してパフォーマンスできる環境を提供することは一つの課題解決です。建物や広場といったハードを整えるだけでは、街は完成しません。そこに人が集まり、感情が動き、交じり合うことで街に命が吹き込まれます。歌舞伎町のシネシティ広場で、エンタメの力によって街の雰囲気が明るくなり、人の流れや安全性が変わった実感が、私自身の原点です。

 

──音楽が街にあることで、街の景色や人の行動はどう変わりますか?

 

貴島 歩いて楽しい“ウォーカブルな街”に必要なのは、日々景色が更新される体験です。通り過ぎるだけだった人がふと足を止め、生の歌声に心を動かされる。デジタルの時代だからこそ、現場でアナログに味わう一期一会の熱量や偶発的な出会いが、大きな価値になると考えています。

 

庄司 アーティストの視点から見ても、街で歌うことは「声だけで人の足を止める」というすさまじい挑戦であり、鍛錬の場になります。目的を持って歩いている通行人が、知らないアーティストの歌声に惹きつけられて立ち止まる。その瞬間、立ち止まった人の周りの空気だけが一変し、見慣れた道路や広場が巨大なライブ会場へと変わり、その日の記憶に想定外の景色が刻まれます。それが音楽の魅力で、次に渋谷に来たときにも「誰か歌ってないかな?」と思ってくれる人がいるとしたら、貴島さんや東急さんへの最高の恩返しです。

 

──庄司さんは、東急のような街づくり企業がこの取り組みを推進することに、どのような意味があると感じていますか?

 

庄司 音楽業界や個人のプロダクションだけでは、安全で継続的な公認のライブスペースを街の中に確保することは不可能です。東急さんのように街のインフラや施設、メディアを保有している企業が、自ら現場に足を運び、機材のセッティングまで行いながらアーティストに寄り添ってくれる。この本気度と、街のつながりや街への思い、圧倒的な基盤があるからこそ、一過性のイベントで終わらず、文化として街に根付き、才能が育まれる仕組みができていくのだと実感しています。近くで見られて幸せです。

堂々と、安心して歌える

取材当日、「Shibuya Street Live」に出演していたうにさん。

──通常の路上ライブにはどのような課題があるのでしょうか?

 

庄司 アーティストが個人で行うゲリラ的な路上ライブでは、治安や音量といった点で誤解や問題が発生しやすく、活動を安全かつ継続的に広げていくことが非常に難しく、いつ中断になるかわからないため、事前にファンへ告知して集まってもらうこともできません。

 

──そういった不安要素を払拭するため、公認スポットが必要になるんですね。

 

庄司 アーティストにとっては「堂々と、安心して歌える」というだけで、パフォーマンスの質が劇的に変わります。そして、知らない方に聴いていただける選曲の工夫など、ライブハウスとは異なる経験を積むことができます。事前に出演スケジュールを告知してファンを呼べますし、場所によっては次のライブチケットの販売もできて、活動資金やファンを増やすこともできる。そして何より、同じ場から定期的に歌が聴こえることで、街角に“音楽が聴こえるいつもの場所”というアーティストとの拠点が生まれ、アーティストとファン、音楽と地域の間に、相思相愛の関係性が積み重なっていくと思うんです。

──街中に公認スポットをつくるには、どのような準備が必要なのでしょうか?

 

貴島 行政や警察、周辺店舗、ビル管理者との丁寧な調整が不可欠です。音量の問題、通行動線の確保など、既存の枠組みだけでは収まらない部分も多いため、私有地やエリアマネジメントの仕組みを活用し、実証実験を行いながら場所ごとのルールをきめ細かく策定してきました。

 

──公認でありながら、ストリートらしい自由さや偶然性を守る工夫はありますか?

 

貴島 ガチガチに管理し過ぎず、アーティストや観客のマナーと自浄作用を信頼することです。安心安全な枠組み(ハード)は私たちが用意しますが、その枠の中でどんな熱量を生み出すか(ソフト)はアーティストの自由に委ねています。

 

庄司 ルールを守って歌う表現者たちが、その中で工夫し、面白くし、評価され、街の人々にも愛される。公認スポットがあることで、ストリートの自由さが街に加わり、刺激的な調和が生まれていくと感じています。

それぞれの街にステージをつくる

──渋谷での取り組みが定例ライブに発展していった経緯を教えてください。

 

貴島 2024年にTIMM(東京国際ミュージック・マーケット)などのイベントと連携しながら実証実験を重ね、2025年からは渋谷アクシュや渋谷サクラステージで行われる定例ストリートライブをスタートさせました。現在では、渋谷ヒカリエでの不定期ライブや、街の大型イベントと連動したサーキット形式のオープンライブへと広がっています。

 

──同プロジェクトは歌舞伎町でも展開されていますが、街ごとにどのような違いがありますか?

 

貴島 歌舞伎町は海外からの観光客が多く、ストリートパフォーマンスに対して寛容ですし、思い思いに踊ったり、投げ銭をしたり、一期一会のパフォーマンスを楽しむ土壌が根付いています。一方、渋谷は学生やオフィスワーカーが多く、最初は足を止めにくいものの、一度ファンになると継続的にライブハウスへ通ってくれるような、深い関係性を築きやすいという特徴がありますね。

 

庄司 アーティスト側も「自分の歌は渋谷の空気感に合うから渋谷で歌いたい」「似合わないかもしれないけど歌舞伎町の熱気の中で勝負してみたい」といったように、街の特性を感じ取って挑んでいくでしょうし、観客層も空気感も異なるからこそ、それぞれの街で生まれる出会いが変わってきます。

  

貴島 「アーティストが安心して挑戦できる場をつくる」という理念は共通していますが、場所の開き方は街ごとに変えていて、その場の通行量や音の響き方、空間の広さに合わせた運営ルールを一つひとつ構築しています。形式をそのまま持ち込むのではなく、その街の文脈に寄り添うことが何より重要だと考えていますね。

“場所”の先にある“機会”

──「FROM STREET PROJECT」を通して、ストリートライブをどのように発展させていきたいですか?

 

庄司 「音楽を続けたい!」「音楽で何かを伝えたい!」と考えているアーティストの活動に「ストリートライブ」が自然に加わるようになってほしいという思いがあります。街角で歌って人の足を止められたとしても、そこから活動を継続していくことや、プロの道に向かうことは、容易ではありません。だから、ストリートライブに参加してくれたアーティストから相談されたときは、音源制作や大規模なステージなど、プロモーションにつながるような導線を、東急さんと一緒に用意します。それらがあって初めて、音楽の街・渋谷ならではの、ストリート的なエコシステムが生まれると思っているからです。

 

──その象徴的な取り組みである音楽コンペティション「渋谷のうた」(「SCRAMBLE AUDITION」の前身)についても教えてください。

 

貴島 「渋谷のうた」が生まれたきっかけは、「渋谷音楽祭」でSHIBUYA109の前に特設ステージを組んだことです。せっかくの素晴らしい檜舞台をつくるなら、日頃ストリートでがんばっている人や、これから夢を追う若者に立ってほしいと考え、渋谷をテーマにした楽曲コンペ「渋谷のうた」を立ち上げました。

 

──現在の「SCRAMBLE AUDITION」では、具体的にどのような支援を行っていますか?

 

貴島 グランプリ受賞者には、プロ仕様のスタジオでのレコーディングや音源制作、SHIBUYA SKYでのMV撮影、さらには渋谷スクランブル交差点の大型ビジョンや東急線の車内ビジョンでのプロモーションなど、街のあらゆるアセットを動員してサポートすることにしています。

 

庄司 単に金銭面のサポートをするコンテストではなく、SHIBUYA109のスタッフや、若手クリエイターたちにも参加していただき、街ぐるみでアーティストの応援や支援をしていく。さらに「Eggs」との連携により、デジタルとリアル、アーティストとリスナーを融合させた支援体制が整っています。

 

──こういった機会の支援は他の地域へも広がっていくのでしょうか?

 

貴島 もちろんです。それぞれの街にある施設やメディア、地元の企業やクリエイターと連携し、その地域ならではの発掘、育成の仕組みを全国で作っていきたいと考えています。

街角から全国へ

──「FROM STREET PROJECT」の手応えと、今後の課題について教えてください。

 

貴島 渋谷や新宿で公認スポットが定着し、アーティストが安心して歌い、ファンとの温かいコミュニティが生まれており、大きな手応えを感じています。一方で、音量対策や、新規エリア開拓などは、さらに改善していきたい部分です。

 

庄司 もっと多くのクリエイターやアーティストを巻き込んで、東急さんが持っている場所やプロモーションにつながる取り組みの可能性を使い倒したい。ネガティブな課題というより、僕らスタッフサイドにとっては考えることだらけで、うれしい悲鳴です(笑)。

 

──別の街にプロジェクトを広げる際、どのようなアプローチを考えていますか?

 

貴島 渋谷や新宿のフォーマットをそのまま押し付けるのではなく、各地域の歴史や文化、商店街や自治体の方々の思いに合わせた、その街ならではのストリートライブをゼロから一緒につくろうと思っています。目指しているのは、全国各地に予選会場のようなストリートができて、街角で生まれた地元の才能が渋谷と歌舞伎町を目指すという“甲子園モデル”です。さらに、渋谷と歌舞伎町から日本全国に武者修行へ行くといった流れも作り出し、アーティストが地方、渋谷、歌舞伎町の関係人口になる取り組みにしていきたいと思っています。

庄司 地方にいる若者が、東京に来なくても地元の街角で表現を磨き、ファンと出会い、そこから全国へと発信できる。音楽だけでなく、ダンスやパフォーマンス、アートなど、あらゆるストリートカルチャーが各地の街角から湧き上がってつながるネットワークをつくりたいですね。

 

──このプロジェクトから、どのようなストーリーが生まれてほしいですか?

 

庄司 まだ何者でもない表現者が、さまざまな理由と思いで街角に立ち、自分の声で通りすがりの人の心を動かす。そこから人生が変わるような出会いが生まれ、街の人々に見守られながら成長し、またその街に帰ってくる。そんな音楽映画のようなことが、日常の中でときどき起きたら素敵だなと思っていますし、プロジェクトを継続していたら、必ず起こると信じています。音楽業界の皆さん、ぜひ一度、渋谷のストリートライブを観に来てください。

 

貴島 建物だけではなく、そこで鳴り響く音や、生み出される熱量こそが、街のカルチャーだと思っています。これからも表現者を温かく包み込む“舞台”を街につくり続け、誰もがワクワクできるストーリーを、街角から全国に届けていきます。

SHARE :

check_circle

URLをコピーしました